
久しぶりに書くときは、いつも調子が悪い、そもそも書けていないから。
そして、今年はもう終わろうとしている。

さて。
彼は死んでしまった。そして自分は。ということで言葉を記しておく。記す予定の言葉はなくて、いつも通り、書きながら考えている。
自分が極めてリアリストであることを再認識しつつ、そこにどういった感情や思考が巡っているのか、捉えきれずにいた。もちろん、大きな感情は、一つある。ただ、全体を捉えきれないから、しばらく時間を置いていた。
死について考える機会はこれまでも何度かあったが、最も難しいそれに遭遇している。
だから、考えながら書く。書き終わる頃には、捉えきれる気がしている。

掴めている唯一の感情については理解できている。それは後悔や責任感に似た感情だと思う。彼にとっての自分の価値は測ることができないが、自分にとっての価値は、最も近しい友人であったからだ。
ただ、自分はリアリストだと、再認識している。

順を追って記していく。
秋の美しさが途中から目に入らなくなった。
まだ知らない彼の不在の真相を、自然と探すようになる。





親友であるにも関わらず、少し離れたところに住む彼の部屋の所在がわからなかった。昔の記録を引っ張り出して出てきたところには別の人が住んでいて、結局別の手段を駆使してたどり着いたその場所は、彼がそこに住む以前に、一度彼と訪れたことのある場所だった。
よくあることだ。この場所に、こんな状況で再訪するなんて。


一度目の訪問で彼は不在で、二度目の訪問も不在だった。
ただ、二度目の訪問時には部屋が空いていた。ハウスクリーニングが入る前の、何もない部屋だった。この時点では事の結末を知らないわけだが、徒労感の塊がみぞおちに落ちてきた感覚を覚えている。地面に座り込んでしまうほど、重たい何か。

アパートの外から、この空き缶を見た瞬間に、もう彼はいないんだという気がした。住民ではなく、業者の類が置いた空き缶に見えたからだ。そして、やはり家主がすでにいないことを確認した。


物理的に彼が遠くに行ったのはわかった。
生きているのか、死んでいるのか。いずれにせよ、ほとんど同じだと思った。これは自分視点だが、事実そう思った。いろんな小さな可能性を想像した。海外に行っているのか、転職したのか。そして死んでいるのか。
彼に連絡を取る手段を失って、次に取る方法はただ一つ、親元を探すということだった。実家の住所が、はじめは見つからなかった。しかし、大学卒業時に、帰省した彼に贈り物をしたことをふと思い出し、記録を掘り起こすと確かにあった、札幌の住所。
手紙を書いた。書留で到着を追跡した。そして仕事が終わる時間を見定めたように電話がかかってきたときには、座り込むしかなかった。
彼は亡くなりましたと。





自分が彼を心配して探し出したとき、彼はすでに亡くなっていた。自分が最後に、彼の不在を意識せずに連絡をしたのが、彼が自ら亡くなった3日後だった。
もし数日前に連絡をしていたならば、という世界線を何度も想像する。
しかし、自分はリアリストだった。その想像に意味はないと思っている。ただ、想像することで生まれる何かは、自分をがらっと変えようとしている。その変化は、彼がくれたものだと思うようにしている。
ひとまず、不在を確かなものにするために、彼のいない世界を歩いた。






彼といつも待ち合わせをしていた場所。
感傷的になるためではなかった。
究極の不在を、頭と心に理解させる必要があった。



彼と何度珈琲を飲んだだろうか。
コンビニの夜勤が終わったあと、大学が始まるまでの間、彼の部屋のソファベッドを借りた。
映画を撮った。
飲みに行った。
何度? わからないけど、一番多く。






2回目の月命日の前日に、手を合わせに行くことになった。
行かないまま年は越せない、という思いで。



自分はリアリストだ。
でも、死者が空に行くという話を想う。
彼の遺灰が、一つくらいその辺を舞っているのではないか。
なんでこんなシチュエーションで、初めて北海道に訪れようとしているんだろう。
村上春樹の小説を思い出す。
北海道や四国が、死者の国になっている小説を。





この年末年始は全国的に温かいことになっている。
しかし、この日はちょうど寒波が来ていて、伊丹からの便は欠航になっていた。
数日前になんとなく、より家から離れた関空からの便に変更していて、新千歳へ無事に導かれた。
リアリストだが、不思議な気持ちになる。






雪が音を吸収して、札幌の街はとても静かだった。
自分が他の音を耳にいれていないだけではなく、事実、とても静かだった。
最高気温が氷点下でも、なぜか寒さは気にならなかった。

遺書はなかった。
ないだろうと思っていたので驚きはなかった。
遺影を見て、位牌を見て。
ご両親と昼食をして。
身体に彼の不在がしっかりと刻まれた気がした。
その間、雪はどんどん降っていき、世界が真っ白になっていった。

せっかく札幌に来たので散策を、という思いは微塵もなく、まだ帰りの飛行機まで5時間近くあるなかで、真っ直ぐ新千歳に戻ってきた。
新千歳へ向かう電車のなかで、予約していたANAから1時間だけ早いJALへ、飛行機を変更した。
パソコンで仕事をしながら、降り積もる雪を見る。
電光掲示板やアナウンスで、欠航や遅延の知らせが行き交う。
帰れなくても大丈夫なように、前日に空港直結のホテルを予約していたので、憂う気もなく、淡々と時間が過ぎるのを待った。
当初乗る予定だった便が欠航になって、変更したJALの便の搭乗が1時間遅れで始まった。

乗り込んだ機内から、離陸する準備に急ぐスタッフを見ていた。
ふかふかの雪の上を人や機材が行き来して、飛行機には雪や氷を防ぐ液剤が大量にかけられる。乗り込んでから、2時間くらい離陸しなかった。でも、それは長く感じられず、ずっとぼんやりと外を見ていた。
リアリストが、ただただ外の世界を、そこにある事実を見ていた。

動き出して、スタッフに手を降った。
ありがとう、と思った。
するとスタッフが返してくれた、グッドラック。
そうだよな、グッドラックにしないとな、と思う。
自分が死ぬまで終わらない旅に出たような、そんな気がした。

離陸直前、滑走路でとても長い時間、出力を上げていた。
飛行機が止まったまま、上がるエンジンの出力でがたがたと揺れた。
そう、ここから出るにはとてつもない力がいるんだと。
動き出して、背中を押し出す力を強く感じた。
もう飛んでいるんじゃないかと思うくらい、強かった。
そうしてリアリストは死者の国を発った。




朝の4時に起きて、関空についたのが夜の10時半だった。
そこから家に帰って、1時近くになっていた。
疲労感はなかった。




そして1ヶ月くらい経って今日、仕事を休んで、彼のいない街を歩いた。
もうそこは彼のいない街ではなく、彼がいた世界になっていた。
不在感が、身体に馴染んでいた。
喪失感の大半が、喪失という事実に変化していた。








人の死が自分を変化させたことはこれまでもあった。残された人として、感じることが色々とある。今回の彼の死も、当然、自分に何かを落としている。それが何であるかは、自分がこれからどう生きるかということの裏返しだと思う。
人生を大切に、ということではなくって。
友達を大切に、ということでもなくて。
それは、メッセージではないと思う。
頭で理解するまでもない、もっと決定的なもの。
指向性、だろうか。
自分は元々とても寡黙だけど、彼が死んで無言の質が、少し変わった気がしている。
より純度を増した無言、のような。
黙っているときに、無言でいるときに、変化を感じる。
無言でいるときは、往々にして自分を見ているけど、より奥底、深淵を見ているような。
そして同時に、未来をも見ているような、そんな感じ。

リアリストではあるけれど、彼に安らかに眠ってほしいと思う。
明後日で35歳になるはずだった、永遠に34歳の親友へ。
Rest in peace.