to Nihombashi Exit

日記というか月記に近いブログ

もうすぐ30歳の男が簡単に人生を振り返ってみる(後編)

おはようございます。Marloweです。

今回は、先日投稿した内容の後編です。はじめに断っておきますが、今回の投稿は読んでも至極つまらないです。そもそも人のために書いているのではなく自分のために書いているのでそんなに気にすることもないのですが、つまらないときに予め断りを入れておくというのもリーダビリティを考える上では一応大切なことですので。大切な読者が離れないために予め書き添えておきます。

ということで本題。

前編の最後に「もうちょっと難しいテーマを抱えながら生きていきたい、程よいハードモードで人生を全うしたい。」と書きました。今日はそのあたりについて考えてみたいと思います。読まれている方にとっても思い当たる節があって耳が痛くなるでしょうし、全体的にネガティブな雰囲気が漂っているかもしれません(!)、繰り返しになりますがご了承ください。

どうでもいいことですが、シューマンの交響曲第1番wiki)を聴きながら書きます。「春」です。

ほとんど未練のなかった30年

人が人生を振り返ってまず思い出そうとするのは(あるいは思い出されるのは)、達成したこととか、あるいは未練的なものかと思います。

「達成したこと」はまだありませんので、パスです(あっさり)。ということで、「未練的なもの」ですが、私はあまり未練を抱いたことがありません。

「未練」という言葉から連想されるのは、やはり恋人にフラれて云々、というのが最も馴染みのあるシーンかと思います。ただ、ここではもっと広く、人生全般において未練があったかどうかを考えてみます。「未練」とはすなわち「諦めきれないこと」。あったでしょうか。

少し考えてみましたが、思い浮かびません。なぜだろう。

あまり冒険しなかった30年

私の人生で最も大きな「チャレンジ」だったのは、高校受験くらいです(大学受験はありませんでした。)。これについてはプロフィール欄に書いていますが、これとて、母が選んだ志望校を受け入れて受験勉強を頑張ったという、ただそれだけのことです。冒険やチャレンジには該当しない。

大学では映画も撮って、そこそこ人に良かったと言われたことはあれど、なんてこともない事柄です。

それ以外においても、必死になって追い求めたことはなかったし、結果、未練がないわけです。

(ひとつだけ長年の未練があったものを思い出しましたが、結果的に手に入れることができたのでここでは言及しません。)

危機感を持たなかった30年

前編で書いたことですが、私は現在、焦燥感はないけど焦っています(ほんと意味不明な表現です。)。ただ、それでいて「未練がない」とは思っている。なぜか。これは、年齢を重ねることに危機感を持たず、「30歳までは準備期間」というふうに割り切って生きてきたからです(なぜ30歳なのか、というのはひとつの些細な理由がありますが、ここでは割愛します)。概ね大学時代からそう決め込んで、それなりの覚悟をもって(?)、時間を流れるままにしていた。とにかく30歳までは知識や経験をインプットすることに留めて、まだ動くな、まだ動くなと自分を抑え込んで「本当にやりたいこと」に手を付けず、留保していました。

「どうせやっても時期尚早で、上手くいかない。」そう思っていた節もあります。30歳までは無理だと。

その結果、極めて妥当な結果ですが、現在、ほとんど何も達成しておらず、カタルシス的な経験は皆無です。

ですから、結局のところ別にいいんです、そんなに焦らなくても。意図して迎えた結果ですので。そんなに悪くない。

ただ、あと1ヶ月半ほどで30歳になります。それまで生きていれば避けようもなく30歳になります。自分で明確に設定していた大きなタイムリミットがじわじわと迫りつつあります。迎えたところで何かが起こるわけではありませんが、大学時代から10年近く念頭に置いていたタイムリミットですので、それなりにそわそわしています。いよいよその時がやってくるなあと、感慨深くもなってしまいます。

数えてみるとあと47日。毎年の誕生日では感じなかった何かがありそうな気がします。何かが劇的に変わるわけではありませんが、自由な時間の使い方は変えなくてはと思います。

「もうちょっと難しいテーマを抱えながら生きていきたい、程よいハードモードで人生を全うしたい。」とは?

冒頭に戻ります。結局のところ、どんなテーマをもって、どうして生きるのかと。

やっぱり(という接頭語はあくまで個人的な感覚ですが)、程よいハードモードの人生とするためには、「職業」を「自分のやりたいこと」と同化させる必要があるんじゃないかなと思ってます(これが結局の結論です、10年前からわかっていたことですが。)。

いまやっている仕事に「自分のやりたいこと」を擦り寄せる、取り入れるのではなくて。いまある仕事にやりがいをもって取り組むのでもなくて。そうではなくて、「自分のやりたいこと」を職業にするのです(なんだか気持ち悪いブログになってきました……)。

結局のところ、これが大学時代から抱き続けていた目標です。人によりますが、最も難しいことのひとつだと思います。自分が真剣に取り組めることを見定めるのも難しいし、たとえそれを見つけて取り組めたとしても、そのことをもってお金を生み出すのは非常に困難ですから。

機は熟した、かな?

こうやって書きながら考えていると、30歳を目前とする今、「あとは実行するのみではないか。」という清々しい気持ちにさえなってきます。とてもシンプルな気持ちです。

これまでの準備期間として、紆余曲折についてはそれはもうあり過ぎて、かなりの迷惑を周囲にかけてきましたが、経験し得るインプットはたくさんしてきました。恵まれた境遇を生きてきて、それなりに思うところがありながら、このまま何事にも挑戦せずに生きていくことは、やはりどうしてもできそうにない──これが30歳という極めて個人的なタイムリットを前にして観測できる、率直な感覚です。

次のタイムリミットは30.5歳

私は本来楽観的な生き物です。ただ、それは30歳になっていなかったからだなあとも思うわけです。30歳を迎えたときには全身のネジを締め直して、これまでの頭の使い方を全く違うものに擦り替えないといけないと思っています。Marlowe2.0みたいな、そんな感じで。

半年後、何かしらの成果物をあげてないといけないなあと思いますので、未来の自分に向けて発破をかけて今回は終りとします。やるっきゃないよ!

P.S. 肝心の「何をテーマに、どんなことをするのか?」は達成したときに書きます。