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RICOH GR3xで切り取る日常

もうすぐ30歳の男が簡単に人生を振り返ってみる(前編)

おはようございます。Marloweです。

2月も1週間が過ぎ、あまりにも時間が早く進むことに焦燥感を覚えつつも、時間的な制約には果敢に立ち向かって4時起きの生活をしているので、あまり焦っていません。淡々と、フラットに生きています。

そう、焦燥感は覚えていますが、焦ってはいないのです。(「募ってはいるが、募集はしていません。」という某首相の名言は今のところMarlowe的2020年流行語大賞のトップ候補です。)

いや、しかしながら、実際には焦ってるんですよ。こうやって書いているくらいですから。書くことで、自分の潜在的な感情が表に出てきます。ちょうどペンギンが息を止めて水のなかにぐぐっと潜るように、書きながら思考を押し進めてみます。

30歳という年齢について

あまり年齢に意味はないと思っています。しかしながら、ある年代毎に社会的に求められるものはそれなりにあるだろうし、「人の目」というのは社会のなかで相対的に日々生成されるものだから、他人によって上や下と比較されて、時として「年齢の割に」上や下に見られたりもします。ただ、Marloweは決定的に人からの評価に依存しない(良く言えば)スタイル(悪く言えば唯我独尊)なので、年齢がどうとかも全く気にしないです。

家にある体重計は体内年齢なるものを知らせますが、それは未だに18歳です。「お前はまだまだ未熟だ。」と言われんばかりですが、とにかく、肉体はまだまだ大丈夫ということです。

顔についてはよくわかりません。昔から顔があまり変わっていない、とは良く言われます。若さが持続しているのか、あるいは元来の老け顔で年齢が顔に追いついているだけなのか、納得できかねます。まあどうでもいいことですが。とにかく、いわゆる「おじさん」に見られることはしばらくなさそうです(「いわゆるおじさん」的なものを日常的に回避するのがMarloweの性向です。たまにくだらないことを言いますが、それを「おじさん」的に見えないようにするのは大切なことだと思います)。

──話が逸れました。

とにかく、若さ云々よりも「健康とは何か。」を少しばかり考え、習慣としてそれを実践することが大切だと思ってます(偉そうに言ってますが全く健康オタクではありません)。毎朝起きたら筋トレとストレッチをして、減量系のプロテインとビタミンCのサプリメントを飲むのが唯一の「身体を気遣った」習慣です。あとは食べたいものを食べて、お酒は飲みすぎない、それくらいです。それくらい、のことを継続するのが大切なんだと割り切っています。

よく巷では「30過ぎると……」と言われていますが、それは30歳を過ぎると社会的にそれなりに忙しくなって、自分の欲求に「獰猛さ」が欠如していることが理由かと思います。ハングリーなときはあまり疲れませんし、決して立ち止まらないですから。わかりやすく言えば、「モチベーションが下がっている。」ということかと思います。

これらの観点からすると、私は良くも悪くも昔から変わらずです。それなりの年数を経て生き方や考え方に少なからず肉付けはありますが、背骨の部分では変わっていません。繰り返しになりますが、良くも悪くも。ですので、30歳を4月に迎えるからどうだとか、本当はどうでもいいことなのです。モチベーションは変わらず淡々と持っていますし、波はあれど、枯渇することはありません──

なのに、少し焦っている。冒頭とは逆になりますが、つまりはこういうこと。

「焦燥感はありませんが、焦ってはいます。」

それなりに生きれてしまうことへの恐怖感

考えながら書いていると、前書きが長くなってしまいました。

プロフィール欄にもあるとおり、いまの職場は3つ目です。経済的な水準からすると、別に普通に生きていけるだろうという感じです。能力的な話からすると、別に仕事ができないわけではありません。たぶん、普通にしていれば周囲から悪く思われることもないだろうし、それなりのペースで昇給していき、不自由ない生活はできるかと思います。

ただ、お金がたくさんあってもあまり買いたいものもないし、行きたいところもないし、日々の生き方はそんなに変わらないだろうと思います。本や音楽、映画を嗜み、お酒を少し飲む。それでMarloweはいいのです。ですので、出世してやろう!とか、転職してステップアップしよう!というのは皆目ありません。上にも書いたとおり、承認欲求も皆無なのです。

だから、というとおかしいですが、それ故に、恐怖感を抱くこともあるのです。

つまりは、何もかもがイージーなのです。人生をこんな風にイージーに生きていてはいけないだろうという、自分に対する批判があるようです。それが形を変えて、恐怖感に変わります。何もびくびくしているわけではありませんが、こうやって人生が終わってしまうと、死ぬ間際に絶望するような気がします。

恐怖感は、焦りという感情に形を変えて、ここ数年自分のなかに居座っています。何か手応えのあることをしたい、それをライフワークにしたい、そう思い続けて久しいのです。要は、もうちょっと難しいテーマを抱えながら生きていきたい、程よいハードモードで人生を全うしたい、ということです。

……本格的に振り返る前に時間が来てしまいました。前書きっぽいものもまだ終わらず文量も多くなってきたので、続きは後編へ回したいと思います。それが「後編」ではなく「中編」になるかもしれませんが……。

それでは今日も頑張りましょう。華金ですが今日は残業がんばります。