to Nihombashi Exit

RICOH GR3xで切り取る日常

2021年をどうするか、31歳をどうするか、という問題(今年を展望してみる)

こんばんは、Marloweです。

本格的な投稿はこれが新年一回目ですかね。

ということで、あけましておめでとうございます(遅)。

本年もよろしくお願いします。

うん、一応ね、言っておきます。

いまは兎にも角にも例の騒ぎです。

そんなこんなで、めでたいことを大きな声で「めでたい」っと言ったり、いわゆる「お祭」みたいなことがほとんどなくなって久しいですから。

そういうときこそ、めでたいと思ったときには心を込めて、おめでとうございます、と。

新年を迎えられたことをありがたく、祝いたいと思います(今更)。

こんなときにこそポジティブな言葉を紡げたり、一つ一つの言葉を噛み締めて味わえたり、というのが人間にとって本当に必要な素養だと思います。

そのような素養こそが惨禍を乗り越えるメンタリティ、というかフィジカル?ですよね。

芯のある人が好きですよ、Marloweは。

楽観的とは違いますよ。それも大切ですけど。強靭さ?みたいな。

そよ風で飛んでいくような人や言葉に重みのない人はノーセンキューですよ。

(そういや、久しく風を感じてないなぁ。)

……ん、閑話休題。

たくさんの人が集まれないから(本来であれば、災害とか戦争とか、悲惨な状況のときには盛んになりがちなものだけど)宗教が跋扈(ばっこ)することはない(かもしれない)けど、こういうとき(心身やモノが貧しくなりがちなとき)に威力を発揮するのは、結局「祈ること」とか「瞑想すること」だなぁと、つくづく思います。

久しぶりに空を見て、そんなことをMarloweは思いました。

そして、心が遠くへ飛んでいって、「あっ、Marloweは周囲というか環境がどんなに慌ただしく、病が蔓延しようとも、心の避難場所はいつもここにあるんだな」って、やたらポエミーな着想を得た次第です。

そう、そんな夜なのです。

──ということで、閑話休題(二回目)。

タイトルが大層な表現になっておりますが、そう大きなテーマがあるわけではありません。

が、大きなテーマを持つことはMarloweの人生において(本来は)ライフワークであったわけなので、大げさに表現してみました。

昨年の2020年、30歳が『静』であるならば、今年の2021年、31歳は『動』でありたい。

私Marloweの30年の人生において、あの2020年を除いて(もう遠くへ行ってしまったことにしてる)「今年は『静』でいこう。」なんて思ったことは一度切りもありませんでしたから。

今年最初に読了した本

2021年をどうしようか、31歳になる年をどうやっていこうかと考えているとき、まず手始めにインプットしたのはこの本でした。

この本を読むという行為は純然たる「足し算」なのですが、読んだあとはことごとく「引き算」をしたくなる、そういう稀有な本です。

とりあえずスマホをやめようよと。そういうことです、乱暴にまとめると。

やめる。というのは現実的ではないから、1日のうちに触る時間を制限する。というのが本旨ではありますが。

Marloweは早速、iPhoneのスクリーンタイムを設定し制限をかけて(21時から6時は、電話とLINE以外、機能しなくなるようにして)、カラーフィルタを有効にしてモノクロの画面にしました。

ちなみにいまこうやって書いているMacbookのディスプレイもモノクロにしました。

これはMarloweが本来、常々、重々と理解していたことなんですが、自分の脳みそってのは、案外(というか、とことん)コントロールできないものであるわけです。

そういう考えのもと、まず手始めにするべきことは、「スマホに触らない」という鉄の意志を持とうとすることではなく持ちたい、触りたいと思わせるような環境を創らないこと、まさにこれなんですね。

カラーの画面を見てると、ドーパミンが出ます。

また、ネットサーフィンしたり、なんとなくSNS、ニュースアプリを触っていると、その内容がなんであれ、ドーパミンが出ます。

じゃあ、もうドーパミンから絶とうと、こういうことを本書は言ってるわけです。

単に読者の尻を叩いて動かそうというのではなく、このほうが合理的でしょ? 理にかなってるでしょ? と理解させたうえでの自発的な行動に期待している、良書でありました。

「ドーパミン。ここぞのために、とっておく。」

祖母が亡くなった

そう、1月の末日でした。

何があっても(良くも悪くも)Marloweの味方をする稀有な存在でした。

ここに書くべきことは何もないかな。

Rest In Peace. ということです。

命の重みと儚さの両義性は常々胸にしまっておきたいですね。

サンキュースバル、レッツゴーマツダ。

最後の日に乗ってくときは水平対向エンジンの音と窓から感じる風の音に耳をすませましたよ。

11年、11万キロ走ったスバルの車を廃車にしました。

8月に車検があるし、そのときにはタイヤやバッテリーをはじめ、多くの箇所が駄目になっているであろうことを見越して。

そして、30歳を越えたので少し上等な乗り心地を毎日味わいたいと思った次第で。

※Marloweはいつも片道10キロの通勤を車で行っております。

いやー。ラストランは何気にセンチメンタルな気分になりましたよ。

祖母が亡くなったこともあったのかもしれないけどね、タイミング的に「一つの区切り」感が強くて。

大学生のときに乗り始めて、いろいろな生活、人付き合いをするなかでもコンスタントに毎年1万キロを乗ってるわけですからね。

いろんなところに行ったし、いろんな人を乗せたし。

何が一番思い出深いドライヴやったかなーと思って、思いついたのは、電車通学を諦めて車で大学に通った日々と、映画を撮るためにロケハンしつつ走り続けたのと、あとは病気の母を見舞いに一日200キロ走った日々と、遠距離した日々かなぁ(「一番〜」とか言いながら多い)。

結局、誰かと乗っていたときのことよりも、一人で乗っている時のほうがより車自体と向き合うし、思い出に残るわけです。

うーん。スバルは良い車だった。

2030年には純粋なガソリン車がなくなるということで政府が進めているわけですが、

それでもMarloweはスバルの水平対向エンジンをもう一度乗りたいと思いますよ、心底。

ただ今回は、上質志向、大は小を兼ねるという安直な志向で、マツダのCX−8を買いました。

数年前から何度か試乗していて、趣味は少ないけど、大きかったら何かと可能性は広がるだろうと、そういうことで。

ホイールベースの長い車はね、やっぱり乗り心地が良きです。これがもう決め手の9割。

最近のマツダは内装外装のデザインもシンプルで良きです。

燃料車がなくなるならディーゼルの4駆をいまのうちに……というのもあります。

合皮とスエードのシートも良きかな。夏はえらいことになりそうだけど。

ぶっとばす車ではなく、ゆったりと滑る車です。

ぶっ飛ばしても前の車より1.3倍は少なくとも早いんだけど、まぁそう生き急ぐなよと、そういう感じの乗り味走り味です。

ま、ぼっちら行こうか。そんな感じです。

唯一の不満点は、CDやDVDのリーダーがないことだなぁ(天井にナンセンスな物体をつけるオプションはあれど、不選択)

するめを噛むようにアルバムを味わうMarloweからしてみれば、この先進化はナンセンス。

円盤を回して音を発することに味があるのになぁ。アナログ上等(デジタルやけど)

ま、いい車ではあります。

決してデートカーではありませんが、人を乗せても満足させられるものは十分ある車でございます。

……ちなみに、色はポリメタルグレーです。ヌメリ感、良きです。

https://blog.mazda.com/archive/20190905_01.html

前に進むために

少し前の投稿でも書いたように、人間は習慣が変わらないとなかなか買われない生き物です。

2021年が始まって、何か習慣が変わったかというと、前述のスマホを触る時間が減ったくらいかな。

あとは、男性の9割5分がネクタイ着用する職場で、ノーネクタイを初めたことくらい。

(それによりMarloweは管理職から「社長」と呼ばれるようになりました、ごちそうさまです。)

ちょうど今日の情熱大陸ではリラックスした服装にまた一つ追い風が吹いたようで。

……ま、Marloweの職場では誰も情熱大陸なんて見ていないだろうけどね。ね!(怒り)

ということで、以下、新年の抱負です。こういうのはあんまり立てない主義なんだけど、ブログやってるし一応。

①仕事はちゃんとやる(今まで通り?)

②より健康になる(体力を向上させる)

③31歳から本気出す(抽象的すぎる)

うーん。

①仕事はね、まぁそんなに難しくないんですよ。

営業ではないし、結果がどうのこうの、勝ち負けの世界ではないので。

でも、できない人をすぱすぱ切れるくらいの状態ではありたいと思ってます。

Marloweが職場において最もフラストレーションを感じるのは、ぬるさを感じたときなので、

そのフラストレーションを感じないように、二流三流はすぱすぱ切ってく。

これはね、自己満の世界ではあるんですが。Marloweは鬼になりますよ。

これが認められないなら居る必要がないと、そう思ってますから。

上だろうが下だろうが、ぬるい人は見切ってく。

そうしてフラストレーションを溜め込まない。そういうことです。

②より健康になる。

これはまぁ、30歳を越えていくのが今年でありますから、全てが右肩下がりになりつつある生物学的な状況のなかで

いかに人としての精度を落とさないか。これは大事なことであります。

③31歳から本気だす。

4月には31歳になります。

描いていた31歳とは違う、というのが結論です。

でもこの結論をぶっ壊して、挽回していくのが2021年の最大のテーマであるような気がしています。

思い出深き千本社。

あまり年齢のことをうだうだ言うのは好きではありません。

特に、他人においては年齢がどうのこうのというのはあまり気にしていなくて(これも良くも悪くも)

変われる人はいつでも変われるし、素敵な人は何歳になっても素敵であると、そう思っているからです(逆もしかり)。

でも、こと自分自身のことに限定して考えてみると、31歳というのは存在しなかった、

正確には、31歳のときの理想においては、何かを思い悩んだり、うだうだ日常を垂れ流したり、というのは

存在しないはずだったのです。

この歳にして(あくまでMarloweのこだわりではありますが)まだ何も成し遂げられていない、

欲しい物も手に入れられていないという現状を、打破する年でありたいと、願って(意気込んで)います。

ということで、そんなMarloweを2021年もよろしくお願いします。

幅広いご理解をいただけたなら幸いです。

みなさんにも素敵な1年が訪れますよう。

それではグッナイ。