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日記というか月記に近いブログ

そのとき僕はどこにいて何を感じたか──007冊目『神の子どもたちはみな踊る』村上春樹/新潮社/2000年

おはようございます。Marloweです。

さて、今日は3月11日です。ということは、震災があった日です。

今回ご紹介するのは(というか記憶を思い返すためのキッカケとして引用するのは)村上春樹の短編集『神の子どもたちはみな踊る』です。これは、英訳出版されたときのタイトルが『AFTER THE QUAKE』。この作品の日本での出版は2000年。そう、これは阪神淡路大震災を受けて著者が書いた短編集ということになります。

今回はちょっとシリアスな書きぶりになるかもしれませんが、こういう日は少しくらいシリアスになってもいいと思います。今回は作品の紹介よりも、備忘録としての投稿になるかと思います。

ということで、1月17日と3月11日、それら2つの震災についての私の記憶を少し記したいと思います。

私の記憶──漠然としたものと、歴然としたものと

まずは本作とも関わりのある1995年の阪神淡路大震災。

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私は1990年の生まれですので、1995年の1月17日は5歳になる前。朝の5時46分ということでしたので、私は当然寝ておりました。揺れた記憶は全くありません。ただ、当時住んでいたマンションの1階から両親に抱えられるようにして飛び出した記憶は漠然と残っています。薄暗いマンションの駐車場に住人がたくさん出てきて、何やらざわざわとしていて。暗闇に佇むマンションを皆が見上げていた風景が1シーンとして記憶に残っています。1989年に竣工された、まだ新しかったマンションを皆が見上げていたくらいですから、かなり揺れたのでしょう(私の住んでいたところは震度5でした)。これはしかし、漠然とした記憶です。

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そして、東日本大震災。

これは2011年なので、21歳になる前でした。大学2年生の秋学期の試験が終ったくらいでしょうか。その時期は近所に住む祖母が足の骨折で入院していたので、暇な大学生だった私は毎日のように近くの病院まで見舞いに行っていました。その日も祖母に会いに行き、テレビをつけて雑談をしていました。そこは京都のとある病院の2階でしたが、私は確かに揺れを感じました。あっ、地震、と。その瞬間は大したことないと思っていましたが(震度は3でした)、流れていたテレビで地震速報が流れ……その後の映像は全て病院で祖母と見ていました。祖母がどういうリアクションをしていたかは全く覚えていません。私自身の心がどんな風だったかも、あまり覚えていません。ただそこにあるのは単なる風景です。

当時は母親が長期間家を出ていたので、父親と二人で住んでいました。私は父親が仕事から帰るのを待たずに家へ出て、京都市内の街中の喫茶店へ行きました。家でたくさん津波の映像を見てから出発したので、もうすっかり夜でした。その時点で、地震が未曾有の災害であろうことは確実でした。

私は大惨事が起こっている時の京都の街の人々を見たかったのです。そこにはいったいどんな時間が流れているのか、人々はどんな様子なのか。いや、正確に言うなら、私はその震災が他人事であるかのように流れる世界を見たかったのかもしれません。「ああ、やっぱり世界のどこかで悲惨なことが起こっていても、平和な世界は何事なく時間が流れ、人々は過ごしているものなのだ」と。もちろん、それが良いというわけではなくて。これは当時私が震災と無関係に抱いていた違和感です。その違和感をより確信に変えるために私はただ街に出て、人々を見て、時間が流れるのを感じていました。(この喫茶店で抱いた心象はいつでも呼び起こすことができます。なぜなら、今この瞬間も世界のどこかでは悲惨なことが起こっているのですから。)これは歴然とした、貴重な記憶です。

さて、それでは短編集『神の子どもたちはみな踊る』のご紹介です。

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被災しなかった人々にとっての震災

ちらっと書評を探していたら、良いものがあったのでリンクを貼っておきます。読みたいなと思えるものなので、興味のある方はご覧ください。

簡単に記しておきますと、この短編集は阪神淡路大震災との関連を示唆されつつも、登場する主人公たちは直接に被災しなかった人々です。場所は北海道からタイまで、遠く様々。それでいて、彼ら彼女らは確実に震災と繋がっている──そんな様が描かれています。これは震災に限らず、自然の圧倒的な力や暴力を想像させる作品です。遠くの世界との繋がりが強くなった現代において、そして圧倒的な暴力や自然の驚異が身近な現代において、もう一度私たちの生きている世界そのものについて、想いを巡らせてみるのも悪くないのではないでしょうか。我々の記憶には人それぞれ、「何かしらを喪失した記憶」があると思います。この作品を読めば、それらがきっと思い起こされることでしょう。村上春樹の作品はしばしばそうですが、「記憶」というのが重要なテーマのひとつなのです。

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初読は高校3年生の12月でした。

思い返すことの大切さ

冒頭で少し私の記憶について、備忘録的に記しました。日記はこれまでたびたび書いていましたが、震災のことを書いたのは今日がおそらく初めてです。その割に覚えているのは、私がよく思い返していたからだと思います。思い返すことの大切さ。これは数ある揺るぎないもののひとつだと思います。今日は職場でも黙祷があるかもしれません。いや、ないかもしれませんが。

さて。この思い返す作業は、忙しい日々にあってはなかなかそのための時間を確保できません。ただ、5分でもいいし10分でもいいし、そういう時間はコンスタントに確保したいなと思う今日この頃です。この感覚を忘れてしまうと、私においてはたちまちバランスを崩してしまいます(常に崩しがちかもしれないですが、私なりにバランスはとっているつもりです)。大切なもの、大切なことってなんだろう。私は日々、目を閉じて思いに耽ります。

そのとき、よく頭に思い浮かぶ小説の一節があります。これも村上春樹ですが、以下のようなもの。今日はこれを紹介して終りましょう。

 僕はノートの真ん中に1本の線を引き、左側にその間に得たものを書き出し、右側に失ったものを書いた。失ったもの、踏みにじったもの、とっくに見捨ててしまったもの、犠牲にしたもの、裏切ったもの…僕はそれらを最後まで書き通すことはできなかった。

村上春樹『風の歌を聴け』講談社、1979年

我々は生きている限りにおいて様々なものを得て、そしてまた失っていきます。それは避けようのないことです。ただ、忘れてはいけないのは、失ったもののリストに「思い返すこと」という行為自体を書いてはいけない、ということです。

そうして私は今日も膨大なリストを胸に呼び起こしてから、とことん心に正直になって生きていきます。全ては自己責任であると、そう覚悟しながら。

ということで、ちょびっとシリアスな3月11日の投稿でした。みなさんの大切なものが今日も大切なものとして大切にできますように。